2020年07月の記事一覧

旬な話題のカタルシスでは、医療や美容、芸能とテレビ、スポーツや 政治経済などジャンルを問わずいろいろな話題をお届けしています。

月別アーカイブ:2020年07月

≪世界遺産その3≫マラケッシュの世界遺産メディナとは?

マラケッシュのメディナ
モロッコのマラケッシュのメディナもユネスコの世界遺産に指定されている。
アラブの国々数あるメディナの中でも、これほど旅人にとって心浮き立つところはないのじゃないだろうか?
マラケッシュのメディナの中心は、なんと云っても[ジャマ・エル・フナ広場]である。

大道芸人が得意の技を披露し、地元の人は勿論、旅びとを楽しませます。
日本で云えば、縁日・・・それも毎日の縁日・・・と云ったら良いだろうか?
日暮れ時に成ると、ジャマ・エル・フナ広場には人があふれる。
広場にはモロッコ料理を食べさせてくれる屋台が立ち、一日を完結できた人達の胃袋を満足させてくれる。

広場の北側は、モロッコ最大最高のスーク街である。
商業都市として名高いマラケッシュの、あたかも迷路のようなスーク街を探索してみると良いだろう。
その奥行き・・・歴史ある町並みに魅了される。


世界遺産マラケッシュのメディナのメインの見どころは、1.クトゥビア、2.皮なめし職人地区、3.ジャマ・エル・フナ広場、4.サアード朝の墳墓群、5.バイア宮殿、と云ったところだろうか?
これ以外、新旧のスークやモスク、マラケッシュ博物館も必見である。
また、マラケッシュで一番美しい門の1つとされる[アグノヴ門]にも是が非でもやってきてみて欲しい。

アグノウ門へは、フナ広場からアグノウ門通りを南に進みたいと思う。
グランド・オテル・タジのある広い交差点を横切り、直進する。
広い道につき当たるまで行き、斜め左に進むと城壁がある広場にで、そこに門が有る。



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≪世界遺産その3≫アグノウ門について

マラケッシュアグノウ門

ユネスコの世界遺産に指定されているメディナ[マラケッシュのメディナ]の南側、王朝の近くにそれは美しい門が有る。


マラケッシュの名物、ジャマ・エル・フナ広場からモロッコ銀行のほうへむかってアグノウ門通りを南に進みたいと思う。
グランド・オテル・タジのある広い交差点を横切り、直進する。
そのままずんずん行って、広い道につき当たるまで行き、斜め左に進むと城壁がある広場に出る。
そこに門が有る。
これがマラケッシュで一番美しい門の1つとされる、[アグノウ門]である。


アグノウ門は、アーチの周囲は赤と緑の砂岩で馬蹄形や半円形のくりこみ模様で縁どられている。
その上の壁には、コーランの詞の装飾文字が刻まれている。


この門は、スルタンが宮殿に足を運ぶ為に使用された門と云われる。
ただ死刑に処された罪人の首をさらす場所でもあったと言われ、ちっぽけな大砲が備えられている。

スルタンとは、イスラム教で11世紀以降、主としてスンニー派イスラム応用の君主を表す称号である。


スマリン門
これ以外、マラケッシュには、スマリン門が有る。
この門は、ジャマ・エル・フナ広場のすぐそばである。
フナ広場の北側、マグレヴ銀行を背にして正面に当たるところに屋台があり、その右側にごちゃごちゃと店が並ぶ。
ここがスークの入口で、陶器のスークを抜けたところにあるのがスマリン門である。

モロッコをやってきたら、その城壁に囲まれた都市とその入口?出口?である、美しい門を回ってみると途方もなく興味深いものである。



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≪世界遺産その3≫アイト・ベン・ハドゥとは?

モロッコには、2007年10月現状、8か所がユネスコの世界遺産条約に拠って世界遺産として指定されている。

モロッコの世界遺産の特徴点は、何か1つの建物と云うのではなく、人びとが生活をつづける街そのものが世界遺産指定をされていると云う事である。

ファズ・エル・バリの世界最大最高のメディナ(旧市街)の町並み、マラケッシュのメディナ、古都メクネス、ヴォルビリス、ティトゥアンのメディナ、エッサウッィラのメディナ、アル・ジャディーダのポリトガル都市、そしてベルベル人達のカスパであるアイト・ベン・ハドゥである。


アイト・ベン・ハドゥ
7世紀にアラブ人による支配をのがれたベルベル人は、アトラス山脈を越えて、オアシスにカスバを築きた。
カスバと云うのは、城砦である。

アイト・ベン・ハドゥと云うのは、現状[カスバ街道]と呼称されるエリアで、ワルザザード近郊西に33キロメートルに部分する。
カスバ化した村[クサル]の典型的な例と云えるだろう。

映画の≪アラビアのロレンス≫や≪シェルタリング・スカイ≫で現実にロケ地となったのが、このアイト・ベン・ハドゥである。


日干し煉瓦の乾燥した、埃のけむる光景は、殺伐とし、人を寄せ付けない厳しさと迫力を見せている。
特別な歴史がある訳でもないのだ。
むしろ、人の手であれこれと加工されていない、不思議な、現実離れした空間の広がりこそがここのここたる理由かも知れない。


しかしそれでも人は居住する。
小川のほとりの丘の斜面を活用して建てられた[村]には、巨大な門が構え、高い城壁が張り巡らされている。

それでもここには現状もベルベル人の家族が5~6家族居住している。
カスバ街道には、他にも何種類か同じ村が実在するが、ここアイト・ベン・ハドゥの保存状態は格段に良いと云えるだろう。


来るものは拒む!まさにそう云ってるかのようである。
ここはやっぱり、難攻不落の要塞であるためす。



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≪世界遺産その3≫古都メクネスとは?

モロッコでは現状8つのユネスコ世界遺産が有る。
1.ファズ・エル・バリの世界最大最高のメディナ(旧市街)の町並み、2.マラケッシュのメディナ、3.古都メクネス、4.ウォルビリス、5.ティトゥアンのメディナ、6.エッサウッィラのメディナ、7.アル・ジャディーダのポリトガル都市、そして8.アイト・ベン・ハドゥである。


古都メクネス
メクネスは、現状のモロッコの王朝アラウィー朝が17世紀~18世紀に都と定めた街である。
首都としての寿命は短く、約半世紀ほどだった。
メクネスの最盛期は、17世紀のムーライ・イスマイル王の頃である。

彼の死後にたてられた[ムーレイ・イスマイル廟]と、王都の入口にある万スール門と同時に、イスラム建築の最高傑作と数えられている。

世界最大最高のメディナ(旧市街)と比較すると、メクネスの建築物は新しく、色鮮やかである。


マンスール門
北アフリカで一番美しいと云われる超有名な門である。
エディム広場に面しており、王都エリアへのメインゲートとなる巨大な門である。


馬蹄形のアーチは、青と緑のモザイクと彩釉タイルで彩られている。
壁の斜め格子の彫刻が美しい陰影を造り、必見である。

この門は、メクネスの最盛期であった17世紀の王、ムーレイ・イスマイルが手掛けた最後の建築物と云われる。
彼の死後、息子に拠って18世紀(1732年)に完成されたのだ。

マンスールと云う名前もしくは名称は、イスラム教に改宗したキリスト教徒マンスールが設計した事にちなみたいと思う。
[改宗者の勝利の門]を意味して[マンスール・エルアルージュ門]とも云われる。



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≪世界遺産その3≫ベルダン門とは?

モロッコでユネスコの世界遺産に登録されているのは、8つである。
その1つである、古都メクネスには、17世紀に最盛期をむかえた街である。
メクネスは、やっぱり世界遺産に登録されている、フェズ等の町並み(メディナ)と比較すると、整然としていて歩きやすいと云う印象を受ける。

メクネスは、首都機能としては、アラウィー朝のムーレイ・イスマイルの時代のわずか半世紀だったが、ムーレイ・イスマイルは数相当のすばらしい建築物を残している。
相当の城壁や門、モスク等・・・これらは、同時代にヨーロッパでその栄華を誇っていたルイ14世のヴェルサイユ宮殿に対抗しようとしての事とも云われる。

現状は眠ってるかのようだ、と云われる古都メクネスであるが、東西南北を連結する中継地点として重要な部分にある事はかわらない。
また、ユネスコに登録されている[ヴォルビリス]や、聖都[ムーレイ・イドリス]を訪ねるのにも拠点となる。


モロッコの街を歩いていて、何時もふと立ち止まり、新たな思いにさせられるのが、その[門]である。

古都メクネスには[マンスール門]が有る。
これ以外、[ベルダン門]と[クミス門]が有る。


★ベルダン門
超有名な[マンスール門]が、メディナの南に部分し、エディム広場に面して王都エリアへのメインゲートとなるのに対して、ベルダン門は、メディナの北の入口となる門である。
ムーレイ・イスマイルに拠ってつくられたのだ。


ベルダンと云うのは、[荷鞍の門]を意味する言葉である。
昔このあたりでは、荷鞍の製造が実行されていた事に由来する。

他の門と同様、そのすばらしい彫刻は目を見張るものが有るが、この門から是が非でも、観てほしいのが、ここから見渡せるザルフォーン山の美しい魅惑的な景色である。



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≪世界遺産その3≫世界遺産の街と門について

モロッコでユネスコの世界遺産に登録されているのは、1.ファズ・エル・バリの世界最大最高のメディナ(旧市街)の町並み、2.マラケッシュのメディナ、3.古都メクネス、4.ウォルビリス、5.ティトゥアンのメディナ、6.エッサウッィラのメディナ、7.アル・ジャディーダのポリトガル都市、そして8.アイト・ベン・ハドゥの8つである。

特徴点として、町並み全体が遺産登録されている事に気付く。
殊更にモロッコでは、メディナ(旧市街)と、それを取り囲む城壁、そしてそのメディナへの入口であり、また出口でもある、門に着目してみると興味深い発見があるかも知れない。


メディナは歴史の遺物じゃないのだ。
そこには今も、相当の人びとの生活が昔と変わらない喧騒でうごめいている。


モロッコをやってきたらなら、是が非でも、おのおのの町の[門]に着目して欲しい。

例を挙げると?
★マラケッシュ
・アグノウ門(マラケッシュで一番美しい門の1つとと云われる門。
)
★フェズ
・スマリン門(王宮から少しいったところの白い門)
・ダカーキーン門(スマリン門からフェズ・エル・ジェディド通りを行ったところ)
・ブージュルード門(★メディナの入り口にあるフェズ最大最高の門)

★古都メクネス
・マンスール門(北アフリカで一番美しく、超有名な門の1つ。
[改宗者の勝利の門]と云う意味。
)
・ベルダン門([荷鞍の門]と云う意味。
ザルフォーン山の美しい景色を希望する)
★ラバト
・ルワー門(ムワッヒド朝の塁壁の中でも、殆ど昔のままの姿を残している門。
ルワーとは[風]と云う意味をもつ。
)


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≪世界遺産その3≫クスミ門とアラビア文字について

★★古都メクネスのクスミ門とアラビア文字

ユネスコの世界遺産に登録されているモロッコの古都メクネスには、超有名なマンスー門が有る。
北アフリカで一番美しく、超有名な門の一つとされる。
もとキリスト教徒でイスラム教に改宗したマンスールが設計した事から[マンスール・エルアルージュ門]とも呼称される。
[改宗者の勝利の門]と云う意味である。


これ以外に、古都メクネスで必見の門は、[ベルダン門]と[クミス門]である。

これらの3つの門はどれも、ムーレイ・イスマイルの建築物である。


★クミス門
クミス門は、旧ユダヤ人街の西に部分し、北にはユダヤ人街が拡大する。

クミス門は、美しいモザイク模様、彫刻、アラビア文字が刻まれている。
殊更に注目なのは、表面の緑の装飾である。


★アラビア語
モロッコでは、アラビア語が談じられている。
またフランス語も通じる。

アラビア語は、一般的に2つに分類される。

1.[フスハ]・・・アラビア語圏での共通の公用語となるアラビア語。

2.[アンミーヤ]・・・マグレブ方言と呼称する人言。
地方や国に拠って大幅にちがいます。
エジプトやシリア、ヨルダンと云った地方で談じられるアンミーヤとモロッコで談じられるアンミーヤとは途方もなくちがいます。

旅をする時には、その地方の言葉を多少なりとも勉強していくと楽しい思い出に成る。


例を挙げると?
・[こんにちは]・・・[アッサラーム・アレイクム]。

・[おはよう]・・・[サバーハル・ヘイル]
・[ありがとう]・・・[シュクラン]


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≪世界遺産その3≫ファティマの手とは?

ユネスコが指定しているモロッコの世界遺産の特徴点は、メディナ(旧市街)全体が指定されていると云う事。
つまり、勿論歴史も含有出きて、現状そこに生活している人達の営み全体が世界遺産であるためす。


だからこそ、モロッコで世界遺産を堪能しようと云うケースの場合には、是が非でも、町を自身の足で歩いてほしいとおもう。

ただふらふらと歩くのも楽しいのであるが、何か目の付けどころ?があるといいものである。
街の古そうな家をみつけたら、そのドアに目を向けてみて欲しい。
多種多様なデザインは有るが、手のひらのようなドアノッカー(ドアをたたくもの)が取り付けられているのに気付くだろう。

殊更に、世界遺産の街[フェズ]や[古都メクネス]等におおく有る。

これは、[ファティマの手]と呼称される、一種のお守りである。

悪魔から身を守るシンボルとされる。

ドアのノッカーだけでなく、ペンダントや指輪、鏡、陶器にも描かれている。
また、モロッコだけでなく、イスラム圏全体にみれる。

まさに[手]そのもののデザインのものから、親指と小指が同じ長さで、一貫、くまでのようにみえるものも!左右対称で途方もなくデザイン化されているものも有る。

手の5本の指は、イスラム教で神聖視されている[5]と云う事も重要である。

ファティマと云うのは、予言者ムハンマドの4女で、4代目カリフ(アラビア語[継承者]を意味する言葉。
初期イスラム国家の最高権威者の事)の妻となった女性である。
常に貧しい人達を思いやり、病気の人の手当を進んで実践したと云う。
26歳で亡くなったそうである。

慈悲深いファティマは、ムスリムにとって理想の女性である。
彼女の手をかたどったものをもつ事で彼女の救いの手が差し伸べられると信じられている。


モロッコを尋ねたら、お守りとして[ファティマ]の手をかたどった何かお守りをお土産にするのも良い。



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≪世界遺産その3≫イスラム教について

世界の歴史的遺産のおおくは、その土地の宗教と大幅にかかわってる。
殊更にイスラム圏ではそう云えるだろう。

モロッコでユネスコの世界遺産に登録されている、フェズ・エル・バリは、1000年以上も前に、モロッコ初めのイスラム王朝イドリアス朝の都となったメディナ(旧市街)である。

またアラブ圏で数あるメディナの中でも殊更に旅人にとって刺激満載のマラケッシュのメディナにも、イスラムの匂いがぷんぷんしている。
ジャマ・エル・フナ広場は、イスラムの生活が濃厚である。

これ以外、やっぱり世界遺産の古都メクネスも同様。
メクネスは、現モロッコの王朝アラウィー朝が17~18世紀に都と定めた街である。
王都の入口に構えるマンスール門は、イスラム建築の最高傑作と云われる。


モロッコでは、イスラム教を国教として憲法に明記している。
現国王は、イスラムの預言者、ムハンマドの直系の子孫といわれ、国教の最高指導者の地位に有る。

イスラム教には相当の宗派が有るが、モロッコの国民のおおくが進展するのは、一番正当かつ戒律の厳しい[イスラム教スンニ派]である。

五行を義務として守り、規律ただしい生活を送る。

ただし、フランス統治が実行されて以来、幾分[ソフト化]が見られ、モロッコにも西洋文化の波が押し寄せている。

マラケッシュやカサブランカ等、大都市の殊更に新市街では、どこの西洋近代都市ともかわらない生活がうかがえる。


マグレブ地方では、教義の戒律を守るかいなかは個人の意志に任せられていると云う。

また、イスラム教徒以外にも、キリスト教徒やユダヤ教徒がわずかながら実在する。



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≪世界遺産その3≫街としての世界遺産とは?

ユネスコが登録する世界遺産、殊更に文化遺産では、何か一つの建築物が指定されているだけでなく、街全体が世界遺産として指定され、保護の対象と為ってるものがおおく有る。
モロッコでは現状8つのユネスコ文化遺産が指定されているが、そのおおくが[メディナ]である事から把握可能に、イスラム教を基盤とした人びとの生活(現状までつづく)が世界遺産と為ってるのである。

モロッコでユネスコの世界遺産に登録されているのは、
1.ファズ・エル・バリの世界最大最高のメディナ(旧市街)の町並み、
2.マラケッシュのメディナ、
3.古都メクネス、
4.ウォルビリス、
5.ティトゥアンのメディナ、
6.エッサウッィラのメディナ、
7.アル・ジャディーダのポリトガル都市、そして
8.アイト・ベン・ハドゥの8つである。


ゆえに、モロッコのユネスコ世界遺産を気付く為には、その町の仕組みを把握し、現実に歩いてみる事が第1である。

モロッコの町の仕組み
モロッコの町の殆どは、旧市街(メディナ)と新市街で構成される。

★旧市街(メディナ)・・・7世紀にアラブ人が侵入してきた時に造られた街。
城壁で囲まれ、その切れ目にメディナへの入口でもあり、また出口でもある[門]が数か所に設けられている。

そもそもメディナとは、イスラム教のムハンマド、つまり預言者のための町として有る。
モロッコの歴史ある地には、おのおの独自の迷路のようなメディナが発達している。
メディナは、外敵の攻撃から守る為に設計された計画都市であるためす。


メディナの中は、人がやっとすれちがえるほどの狭い路地がくねくねと、それこそ迷路のように走ってる。
そしてスークと呼称される市場(商店街とお土産屋さん)と住宅がぎっしりとつまってる。


★新市街・・・19世紀になってメディナの周囲に発達した近代的な都市。


新市街から旧市街(メディナ)へ、門をとおって足を踏み入れたとたん、時間の流れが全部無効になってしまった感じを受ける。
旧市街(メディナ)は、時間の向こうにあると同時に、現状もそこで相当の人達の生活が営まれる今でも有る。
門は、その入口であり、出口でも有る。



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≪世界遺産その3≫ベルベル人とユダヤ人について

モロッコには現状、総人口の65パーセントを占めるアラブ系ベルベル人とベルベルの他、先住民族のベルベル人30パーセント、そしてわずかながらユダヤ人とフランス人が居住している。


ユネスコの世界遺産に登録されている、メディナ[旧市街]は、7世紀にモロッコに侵入してきたアラブ人が築いた町である。

しかしアラブ人一色と云うのではなく、各民族が混在し、溶けあうと云うよりもおのおのがおのおのであるがゆえに実在していると云う感覚がする。

例を挙げると、世界一複雑な迷路都市といわれ、ユネスコの世界遺産にも登録されているフェズ・エル・バリは、フェズのメディナ(旧市街)であるが、フェズ全体として、新市街から王宮のあるフェズ・エル・ジュディド地区へ、そしていよいよフェズ・エル・バリ地区へと入っていくと、フェズの本当の現状の姿を気付く事が出きる。
3キロほどの距離であるから、ふらふらと町の空気に洗浄されながら歩いてみてはどうだろう。

王宮からスマリン門へ向かい、スマリン門からフェズ・エル・ジュイド通りを抜けて、メディナへ入る。
そのとき、王宮を左手にスマリン門へ向かうさい、右手にはユダヤ人街があり、ユダヤ人墓地が有る。

フェズだけでなく、どこの町にもユダヤ人の町があり、その墓地が有る。
ユダヤ人は少数ながら、モロッコの歴史とそして現状を構成する重要な実在であるためす。


おなじ様に、重要なのが原住民ベルベル人(BERBER)である。
ベルベル人は、マグレブ(モロッコ、アルジェリア、チュニジアの北西アフリカ3カ国をさす)の先住民。

ベルベルと云うのは、バルバルス(=野蛮人)を意味する言葉で、その昔、ローマ人とアラブ人が非アラブ人をそうよんだ事に由来する。
勿論、当人達は自身たちをこういった具合によばない。
[イマジゲン(=自由な人びと)]と呼び、現状も古代からの伝統や習慣を守りつづけて生活している。





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    ≪世界遺産その3≫イスラム用語について

    世界には多種多様な宗教が有る。
    仏教、キリスト教、イスラム教・・・。
    なかでもイスラム教は、我々日本人にとってあまり[よく分かる事ができない]と云うのが実情であるためではないだろうか?

    ユネスコの世界遺産の中には、イスラム教にかんするものが数おおく有る。
    宗教と云うポイントをなくし、その建築美だけに着目してもイスラム建築の素晴らしさは世界全体の遺産と云うに値するだろう。


    とはいえ、イスラム圏を旅する時にはイスラム教の知識をもってないとその本当の魅力を把握出きないし、何より現地の人達にとんでもない不快な思いをさせてしまいかねない。


    例を挙げると、イスラム教の国では、女性の夜間の外出は避けよう。
    昼間でも肌を露わにする服装は敬遠する。
    モスク等に入る時には殊更に、夏でもスカーフ等でおおうようにして欲しい。

    以下にイスラム用語を何種類かご案内しよう。


    ★モスク[MOSQUE]
    イスラム教徒の礼拝堂。
    柱廊でぐるりと囲まれたパティオ(中庭)の真ん中に、体を清める池や噴水があるのが特徴点。


    ★アル・アザーン[El ADHAN]
    モスクのミナレットから聴こえてくる礼拝の時間を知らせる合図。
    1日5回![アザーン、ハイヤーアッサーラート(お祈りしよう)]と云う呼びかけ。
    礼拝は、メッカの方向へ向いて実行される。


    ★メッカ[MECCA]
    イスラムの聖地。
    預言者ムハンマド生誕の地とされる。
    アラビア半島の西にある町。
    アル・アザーン(礼拝の合図)が聴こえてくると、メッカの方向へ向けてお祈りが実行される。





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    ≪世界遺産その3≫イスラム建築とは?

    イスラム圏でユネスコの世界遺産、殊更に文化遺産に指定されているもののおおくは、イスラム建築及びそれを取り囲む人びとの生活である。

    イスラム建築は、そのイスラム文様も含め、我々にとって殊更に異国情緒あふれる・・・裏を返すと[あまり馴染みのないもの]である。
    そこでその用語をまず押さえるところから入っていくと、とっつきにくさを多少なりとも鎮撫出きるかも知れない。


    ★モスク(MOSQUEE)
    ・・・イスラム教徒の礼拝所、礼拝堂の事。
    中央のパティオ(中庭)を囲んで柱廊がつづく。
    パティオの真ん中には、体を清めるための池や噴水がある。

    ・カラウィンモスク(モロッコ、フェズ)
    ・ブルーモスク(トルコ、イスタンブール)・・・現存する[一番美しいモスク]と称されている。

    ・イマーム・モスク(イラン)
    ・ウマイヤド・モスク(ダマスカス)

    ★サマー(SMAEE)
    ・・・モスクの中にある尖塔(=ミナレット)。
    アル・アザーン*は、このミナレットからイスラム教徒に向かって呼びかけられる。

    *アル・アザーン:モスクのミナレットから聴こえてくる礼拝の時間を知らせる合図。
    1日5回![アザーン、ハイヤーアッサーラート(お祈りしよう)]と云う呼びかけ。
    礼拝は、メッカの方向へ向いて実行される。

    このイスラム教の礼拝を[サラート]と云う。

    ★スカラ(SKALA)
    ・・・モロッコ等のメディナ(旧市街)は、外敵の侵入を防ぐ為に周りをぐるりと外壁に囲まれている。
    スカラは、見回りの為に城壁に造られた砲床。





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    ≪世界遺産その3≫アトラス山脈と砂漠越えについて

    7世紀にアラブ人の支配を逃れようとした、モロッコ原住民、ベルベル人(ベルベルは、野蛮人と云う意味。
    この地域に侵入したアラブ人とフランス人が、非アラブ人をさしてよんだ言い方。
    ベルベル人はみずからを[自由な人びと(イマジゲン)]とよぶ)は、アトラス山脈を越えてオアシスにカスバを築いて移り居住した。

    カスバと云うのは、城塞、支配者の居住地と云う意味である。
    現状、[カスバ街道]と呼称される地域の近郊にあるのが、アイト・ベン・ハッドゥである。
    ユネスコの世界遺産に登録されている。

    カサブランカに降り立ち、マラケッシュへ、そしてワルザワードへ向かう途中に、このアイト・ベン・ハッドゥによる旅人が少なくない。
    そしてワルザワードからオアシスをつなぐカスバ街道を超え、オアシスの町[エルフード]へ行き、途中でモロッコのグランドキャニオンとも呼称される壮大なトドラ峡谷へより、大自然の造形美に酔いしれるのである。


    こういった具合に、人が、歴史が迷路のようなメディナでうごめくフェズやマラケッシュの町並みとは打って変わった光景が、モロッコには有る。

    南のマラケッシュから、アトラス山脈をこえて北へ足を運ぶと、そこは別世界であるためす。
    地中海の温暖な空気がアトラス山脈により遮断されてしまうのである。


    北側とは全くちがう、山と砂漠の狭間である。
    はるか南には、サハラ砂漠が拡大する。

    ここでは、自然の迫力にひたすら酔いたいものである。
    乾燥した砂埃の中に、数本の川が流れ、そのほとりにオアシスが形造られている。

    アイト・ベン・ハッドゥは、カスバ化した村である。

    人を寄せ付けない砂漠と人がうごめくメディナ・・・モロッコの世界遺産は多彩な魅力をみせてくれる。





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    ≪世界遺産その3≫砂漠について

    ユネスコの世界遺産に指定されている、モロッコのアイト・ベン・ハッドゥは、同じく世界遺産登録されているフェズのメディナや古都メクネスとは全くちがう、砂漠の街である。


    アイト・ベン・ハッドゥは、カスバ化された街である。
    カスバとは、要塞の意味である。
    メディナの内外を監視するための城塞を云う。


    カスバには多種多様な形が有る。

    1.メディナの一角に実在するケースの場合。

    2.地方のちっぽけな砦や地方官の邸そのものか、それを中心として高い城壁で囲まれた街全体を指すケースの場合。

    マラケッシュからアトラス山脈を越え、ワルザワードへ足を運ぶ途中のカスバ街道の両側に点在するのは、2のタイプのカスバである。


    このあたり、アトラス山脈を越えてサハラ砂漠を遠く南にのぞみながら、オアシスの緑と砂漠の赤茶けた厳しい自然のなかをひたすら走るなかに醍醐味が有る。
    そして緑が美しいエルフードへ向かうのである。


    ★オアシス
    オアシスと云うのは、アラビア語で[ワーハ]と呼称される。

    砂漠、ステップ等にある常に淡水がわきでる緑の地帯である。

    砂漠の殺伐としてなかでナツメヤシを中心として灌漑農業が実行されている。

    ナツメヤシの実を[トゥマル]と云う。
    糖度が高く、スーク(市場)で売ってる。
    バラ売りのものや、枝付きで販売されているものも。

    このトゥマルは、モロッコではおやつや料理に広く食されている。


    ★ノマドとワジ
    砂漠で生活する遊牧民。
    砂漠の民にとって重要な生活の場となるのが、ワジである。
    普段は干上がっていて、雨期にのみ水が流れる川である。
    付近には草木があり、掘れば・・・深く!・・・水がでてきて、砂漠の民の優秀な命の水を供給する生活の場である。





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    ≪世界遺産その3≫世界遺産の町での生活はどうか?

    ユネスコの世界遺産に登録されているもののなかで、モロッコの世界遺産の特徴点は街全体が遺産登録されて保護の対象と為ってる事である。


    世界遺産に登録されているフェズ・エル・バリやマラケッシュのメディナ、古都メクネスと云った都市は、1000年以上前の王都であり、かつ今も人びとの生活の場と為ってる[現役]の町であるためす。


    マラケシュのメディナの南側にあるのが、アグノウ門。
    王宮近くの美しい門である。
    この門の中はメディナ。
    歴史が混沌とする迷路のような街である。
    他方門の外は、ヨーロッパや日本等と殆ど変わらない近代的なファッションに身を包む人達が行き来する。


    モロッコの面白さは、この混沌としたなかにあるかも知れない。


    マラケッシュの新市街、旧市街を歩く人達に着目してみると途方もなく興味深い事に気付く。
    民族衣装を身に付けた人と、近代的なファッションに身を包んだ若者が混在して行き来し、歩いていき・・・門をくぐって中へ、もしくは門から外へでてくるのである。


    モロッコの世界遺産の町を歩く時には、そこに生活する人達の服装や食生活にも是が非でも、目を向けて欲しい。
    現実、そういうものも含有出きて[世界遺産]であるためすから・・・。

    ★ジュラバ
    フード付きのくるぶしまで届く上衣。
    砂漠では実に機能的で、暑さから体を守ると共に、風通しもいい。
    その為砂が衣服の中にたまりにくいと云う。


    ★カフタン
    襟なしで袖がゆったりとした長い上着である。
    女性にとっては祭りやお祝いのときの晴れ着。


    ★ガンドーラ
    ベルベル人がお祈りの時に身に付けるフレンチスリープの服。
    室内着としても活動。





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    ≪世界遺産その3≫ラマダンについて

    イスラム圏を旅していて、モスクやミナレット等、ユネスコの世界遺産に登録されているものが世界中に数おおく有る。
    ただモロッコのケースの場合、世界遺産登録されたのは、フェズ・エル・バリやマラケッシュ、古都メクネス等、町そのものである。
    そしてこれらはどれもイスラム教の生活が現状も営まれているところである。

    その為、モロッコの世界遺産を堪能しようとおもうと、イスラム教の生活にどっぷりと浸る事に成る。

    例を挙げると、1日5回流れる[アル・アザーン]は、イスラム教徒に[お祈りしよう](アザーン。
    ハイヤーアッサラート)]と呼びかけるもので、モスク(イスラム教徒の礼拝堂)のミナレット(尖塔)から流れてく。

    旅人も、イスラム圏に暫く(しばらく)滞在していると、この不思議な呼びかけに何か敬けんな心持に成る。

    イスラム圏を旅していて時折、困るのが[ラマダン]である。
    イスラム暦(ヒジュラ暦)の断食月もしくは断食そのものをさする。


    断食はイスラム教徒の義務の1つで、年1回、1か月間は日の出から日没まで一切合財の食事を禁止される。
    ただし、日が沈むとおもう存分食されるため、かえってめちゃ食いのようなお祭り騒ぎに!
    市内は真夜中まで甘いお菓子等食物であふれる。

    そして[ラマダンブレックファースト]と云うのは、日没後に口にする初めの食事。
    メニューは、ハリラ(羊肉か魚の出汁でひよこ豆、玉ねぎ、トマト等を煮込んだスープ)をメインに、串焼きのブロシェットやアラビアパン、甘いスイーツ等。


    旅人は、断食をする必要はないのだが、1度はラマダンブレックファーストを賞味してみるのも良いのかも知れない。





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    ≪CFP 試験≫CFPとは?

    日本FP協会には、CFPとAFP、2つの資格が有る。

    AFPは日本FP協会が独自に認定する通常資格である。

    もう1つの上級資格が世界20カ国・地域で導入された世界共通水準のライセンスであるCFP資格である。

    CFP(CERTIFIED FINANCIAL PLANNER)資格は日本では、FPSB(FINANCIAL PLANNING STANDARDS BOARD LTD.)との提携に拠って、日本FP協会が認定している。

    高度なFP技能を持ち、徹底して職業倫理を身につけたファイナンシャル・プランナー(FP)のみがもつ資格である。

    CFP資格が日本で導入されたのは、1992年である。

    導入している国や地域の認定団体はFPSBに加盟しており、共通水準に基づき資格のクオリティのキープや飛躍的に向上、普及に努めている。

    CFPは4Eと呼称される教育・試験・経験・倫理を満たし、実務のプロセスである6ステップに基づいたサービスを提供出きるFPに資格が授けられる。

    CFP資格は世界で認められた共通水準の資産管理を実践する事が出きるプロフェッショナルであると証明する資格である。


    FPの強みは、金融に詳しいものだけでなく、対話内容に応じて弁護士や税理士等の専門家とのネットワークを生かした包括的なアドバイスが出きる事である。

    弁護士や税理士等の資格をもってるFPもおおくいる。

    家計を適切に管理する為には、かかりつけ医を活用するようにFPを活用する事が、これから個人にとって必要不可欠な時代となるだろう。


    CFPの試験は6科目有る。

    試験の合格のための勉強は、CFPの実務だけでなく、貴方自身の生活にも役立ち、経済状況が大幅に変化していくなかでその知識は大きな力となるだろう。

    全科目合格を目指して、試験に臨み、CFPの1人として活動してほしい。





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